衝撃の問題作! 聖書への冒涜か、崇高なる物語か……オスカー・ワイルド『サロメ』

こんにちは! 物語屋のひっひーです。今回は内容は知らなくてもタイトルは耳にしたことがある方が多いであろう『サロメ』について語りたいと思います。

内容を知ってか知らずか、サロメという名前がすでに物々しい……。

それもそのはず。天才オスカー・ワイルドが書いた戯曲『サロメ』はとんでもない物語なんです。それでいて一幕もので、一時間も掛からずサクッと読めてしまう。濃密な物語。

そもそも『サロメ』は旧約聖書に登場するサロメの物語をベースにワイルドが戯曲を書いたものなんです。

『サロメ』発表当時はイギリスでは聖書に登場する人物を舞台に掛けられなかったそうで、当初上演を予定していた劇場では公演直前になって中止が決定。ワイルドはフランスに渡り、そこで初演を迎えました。

聖書どうこうのルールがなくても、その内容はなかなか……我先に上演したいと思う人が少ないのもわかる内容です。

でも面白い。とにかく面白いです!

これまで戯曲ものをそれほど読んできたわけではないのですが、シェイクスピアやチェーホフをはじめ、様々な劇作家の作品を齧った僕。シェイクスピアが大好きな僕ですが、これまで読んだ戯曲の中で断トツで面白い、というか、「おおっ……」と読後鳥肌と共に呆然としたのは『サロメ』だけです。

気がつくと自分も舞台の上に引きずり出されていて、サロメと一緒に狂ってしまったような、そんな感覚でした。

とんでもない物語です。そりゃ現代まで舞台上演、オペラ化、ミュージカル化されるわな……。

さあ、そんな人類史上に残る問題作『サロメ』。いったいどんな物語なのか、その内容を見ていきましょう!

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あらすじ

物語はたった一夜のものです。

ある夜、宮殿でヘロデ王が宴会を催していました。このヘロデ王、とんでもない王様なんです。どういうことか、、、

ヘロデ王はある謀略を用いて王座についたいわく付きの王。先王は兄でした……。

そうです。ヘロデ王は先王である兄を殺したんです。それだけでなく、兄の妻だった、つまり先王の妃だったヘロディアスを、ヘロデ王は自身の妃とします。

ヘロデだかヘロディアスだかわからん! というのはワイルドに言ってください(笑)僕も書きながらこんがらがりそうです。

ヘロデ王即位の経緯を知る王妃ヘロディアスは当然ヘロデ王に反感を抱いていますよね。二人の間に愛はありません。今でいう仮面夫婦のようなものです。

そのヘロディアスの娘がサロメなんです。サロメはヘロデ王と血縁はありません。要するに、サロメは先王とヘロディアスの娘で、ヘロデにしてみれば奥さんの連れ子です。

サロメは妖艶な美貌を持っています。ヘロデ王は当然(というと語弊があるかもしれませんが……)サロメに色目を使っています。宴会中の今もです。ヘロデ王はいやらしい目でサロメを見ています。

嫌気の差したサロメは宴会場を抜け、井戸のほうへと向かいます。

井戸? お水でも飲むのかな? いえいえ、井戸にはある人物が捕らえられているのです! その人物とは……

ヨカナーン!

ヨカナーンとは予言者を自称し、数々の奇跡を起こしてみせたと評判で、中には死人を生き返らせたなんていう噂まで流れているのです。

ただヨカナーンは不吉な予言ばかりを残しており、それをよく思わなかったヘロディアスによって井戸に捕えられているのです。そのヨカナーンに会うことは、何人たりとも許されていません。王も、王妃も、王女も……。

そこに王女サロメが近づきます。井戸には当然番兵がいるのですが、これをサロメは妖艶に惑わし、ヨカナーンと面会します。

ヨカナーンは人智を超えた美貌、妖しい声をしていて、サロメは会った瞬間脳が麻痺したようにヨカナーンに陶酔してしまいます。

「抱いて! いいから抱いて!」「その顔を見せて!」「声を聞かせて!」「何でもいいから抱いて!」

おいおいヨカナーン、なんぼほど色男やねん……。どんなにかっこよくても、女性をここまで酔わすことなんてできませんよね……。それが予言者の魅力なんでしょうか……。

サロメも絶世の美女です。番兵がころっとやられるわけですから。

でもヨカナーンはサロメの誘惑には耳も貸しません。それどころか「抱いて」と連呼するサロメを汚らわしいと罵るばかり。

サロメは宴会場に呼び戻され、ヘロデ王がサロメの舞を所望します。ですがサロメは拒否します。ヘロデ王のお願いなど聞きたくないからです。

どうしてもサロメの舞を見たいヘロデ王。そこでヘロデ王はこう言います。

「舞えばおまえの望むものを何でもやろう。たとえこの国の半分の領土といってもおまえにやろう。きっとおまえは強い女王になる。望むものは何でもやる。だからサロメ、舞ってくれ」

何でも望むものを与えてくれると聞いたサロメはヘロデ王に舞を披露します。ここでの舞がかの有名な「七つのヴェールの舞」です。

そして踊り終えたサロメにヘロデ王は訊きます。「望みのものは何か」と。

サロメははっきりと答えます。

「ヨカナーンの首を!」

ええーっ!? 首っすかサロメさん?

ヘロデ王は当然、考え直せと言います。そりゃそうですよね。領土の半分だってあげると言っているんです。皆さんならどうしますか? 金持ちな義父の財産の半分か自分に見向きもしない好きな男の生首……。

好きな人が生きたまま自分のものになるならまだしも……ねえ?

まあ、ヘロデ王は王女が生首を所望したから考え直せと言っているわけではないんですけどね。

ヘロデ王はヨカナーンの首だけはだめだと言うんです。つまり他の人間の首なら良いわけです。なぜか。それはヨカナーンが予言者だから、ヘロデ王は彼を殺すことを恐れているわけです。

ですがサロメは引きません。ずっと言っています。「ヨカナーンの首を! ヨカナーンの首を!」

そんなサロメにヘロディアスが加勢し、遂にヨカナーンは首を切られて銀の盆に載せられてサロメの前に運ばれます。

サロメはその生首にキスをするのです。

「ついに奪ったわ、唇を」

恍惚とヨカナーンの首を眺め、サロメはヨカナーンへの愛を語ります。その憑りつかれたサロメの姿にヘロデ王はぎょっとして、こう叫びます。

「殺せ、あの女を!」

これで幕です。

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鬼リピ必至の壮絶な悲劇

あらすじを読んでいただいて、どうでしたか? もう滅茶苦茶ですよね(笑)

誰も彼もが悲惨な目に遭っている。ヨカナーンは首を刎ねられ、サロメは殺され、ヘロデ王は遂にサロメを手に入れることはなく、ヘロディアスは自慢の娘を失いました……。

その中で唯一目的を果たした人物がいます。

それはサロメです!

サロメは熱烈に惚れたヨカナーンの首を手にし、あれほど願った口づけを交わし、死んでいくのですから。

サロメはヨカナーンに口づけする直前、こんなセリフを口にします。

(略)ああ! どうしてなの、私をみようとしなかったのは、ヨカナーン? 手で顔を隠したり呪ったりしてさ。目かくしをしたりしたわね、神をみる者の目かくしを。そうね、あなたは神をみたけどね、ヨカナーン、でもこの私を、私をみてくれなかったわ。みてくれれば、私を好きになれたかもしれないわよ。私はあなたをみたわ、ヨカナーン、そして好きになったわ。ああ! とても好きだったのに! 今もそうよ、ヨカナーン、あなただけを……その美しさといい、体といい、たまらないわ。酒も木の実もこの欲情を充たしてはくれないわ。どうすればいいの、ヨカナーン? 洪水も大海の水もこの情熱の炎を消しとめられないわ。わたしは王女だったのに、あなたは軽蔑したわ。誰にもあげていないのに、あなたは私を奪わなかったわ、このヴァージンの私を。男を知らないこの血をお前は情火でにごしたのよ……ああ! ああ! どうしてみてくれなかったの、ヨカナーン? みれば好きになれたのに。そうよ、そうに決まっているわ、恋は死よりも神秘的なのよ。恋だけを考えていればいいのに。

こうしてヨカナーンの唇を奪ったサロメはヘロデ王の指示で殺されますが、サロメは死よりも神秘的な恋に死んでいくわけです。サロメの本望といってもいいでしょう。

陶酔したまま死んでいったサロメ。生きていれば王女として、女王として、妃としてのさらなる幸せがあったかもしれない。でもそんなことは今のサロメには関係がなかったんです。

幸せの絶頂で殺されたサロメ。それはもしかすると、何よりも幸せなことだったのかもしれません。

もう本当に、普通の少女だったサロメが予言者と出会い豹変し、恋に溺れて死んでいくまでの超劇的なテンポは圧巻で、何度も読み返してしまいます。そして読むたび、「おお……」となります。

『サロメ』は聖書への冒涜などではなく、戯曲文学としての「芸術」です。

おわりに

最後まで読んでいただきありがとうございます。オスカー・ワイルド『サロメ』いかがでしたか?

えぐい……もうその一言です。

この記事で『サロメ』について知った方、面白いと思った方、ぜひ読んでください! ページ数も少ない一幕もので、本当に一時間も掛からず読み終わります。セリフのテンポもいいし、迫力ある場面は迫力があるし、何といってもサロメのセリフの言い回し。

戯曲ならではの魅力的なセリフがたくさん出てきます。そしてラスト……。

迫力満点です!

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