ミュージカル『オペラ座の怪人』主人公はファントムではない! 

こんにちは! 物語屋のひっひーです。今回はミュージカル『オペラ座の怪人』について、物語とナンバーを照らし合わせながら、僕独自の解釈で、『オペラ座の怪人』の主人公は「オペラ座の怪人」ではないということを書いていきたいと思います。

もちろん『オペラ座の怪人』の主人公は「オペラ座の怪人」なのですが、見方というのは様々です。ミュージカルならではの視点というものもありますから、この記事を読んでいただけると、きっと今度『オペラ座の怪人』を観る時はさらに面白くなっていると思います!

同じ物語でも観方が変われば何度も味わえて、また違った魅力が見えてくる。そんな物語の醍醐味を皆さんと共有したいと思います。

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押さえておきたいナンバーとあらすじ

以前『オペラ座の怪人』の記事を書いた時、主なナンバーを列挙しましたが、ここではさらに、それを絞っていきたいと思います。以下、書き出します。

・Think of me

・The phantom of the opera

・All I ask of you

・Wishing you were somehow here again

今回の記事ではこの後にこれ以外のナンバーも登場しますが、今回取り上げる中で最も重要なのがこの四曲なんです。どういうことか。

一言で言ってしまえば、誰が歌っているかを注意してほしいということなんです。

「Think of me」はクリスティーヌの作中オペラ「ハンニバル」でのアリア、「The phantom of the opera」はファントムの隠れ家へとクリスティーヌが誘われる際に歌われるデュエット、「All I ask of you」はラウルとクリスティーヌのデュエット、「Wishing you were somehow here again」はクリスティーヌの独唱曲となっています。

この並びを見るだけでも、クリスティーヌのアリアで物語が始まっていき、ファントム、ラウルとの間で心が揺れ、紆余曲折があって自分の気持ちを解放するという主人公クリスティーヌの姿が見えてきます。

さて、まずは上記四曲がどういった経緯で歌われるのかを見ていきましょう。

パリ・オペラ座の支配人の交代に伴い新たなパトロンがオペラ座を後援することになります。それがラウルです。オペラ座にはラウルの幼馴染で、かつて想い合っていたクリスティーヌが寄宿生として在籍しており、日々バレリーナとして研鑽を積んでいます。

そんな中新支配人になって最初の公演が夜に控えていますが、そのリハーサル中に大道具が歌姫カルロッタの頭上から落ちて来るという事故が起こります。こうした不可解な事故がオペラ座では頻発しており、オペラ座には幽霊(ゴースト)が住むと噂されています。

うんざりしたカルロッタは公演をボイコットし、引き上げてしまいます。満員の客に払い戻しをするわけにもいかず、支配人は代役を立てようとしますがカルロッタに代役はいません……。

ところがバレエ教師であるマダム・ジリーの一声でクリスティーヌが代役に抜擢されることになりました。通常バレリーナが歌手をするなんてことはあり得ませんが、マダム・ジリーは「素晴らしい先生(ファントム)の指導を受けている」と言い、支配人はクリスティーヌの歌声を聴いてみます。

するとカルロッタより美しい、澄んだ歌声が! 文句なしの大抜擢。そこで歌われるのが、

Think of me

この公演で一躍スターになったクリスティーヌ。さらにはバレリーナに混じっていた時はラウルに気づかれもしなかった彼女ですが、舞台で歌う姿にラウルは彼女が幼馴染のクリスティーヌであることに気づきます。

ファントムは彼女の舞台での歌声を賞賛します。ラウルも彼女の楽屋を訪ねて二人は再会を果たしますが、そんな二人に嫉妬したファントムはクリスティーヌの前に姿を現し、危険だが甘い歌声で彼女を魅了し、オペラ座の地下にある隠れ家へと誘います。その時歌われるのが

The phantom of the opera

ファントムの声に誘われたクリスティーヌが、ファントムのナンバーに載せて歌い始めます。それをファントムが引き継いで、最後は二重唱。

隠れ家に到着すると、ファントムはファントム最大の独唱曲「The music of the night」でクリスティーヌを誘惑します。二人なら理想の音楽が作れる、最高の人生を送れる、と。

一方オペラ座ではクリスティーヌの失踪事件で大騒ぎになっています。おまけに支配人やカルロッタの元にファントムから脅しのような手紙が届き、ラウルには「彼女を庇護しているので心配は無用」というメッセージが。

カルロッタは自身に届いた手紙「次回公演はクリスティーヌが主役でおまえはセリフなしの役だ」という内容から、手紙の送り主はラウルだと決めつけます。そこにクリスティーヌが戻ったとの知らせを受け、歌える状態なのかを確認します。

観客もすっかりクリスティーヌの歌声に惚れていて、カルロッタではなく歌姫クリスティーヌを待ち望んでいます。自棄になったカルロッタはあんたらのお気に入りの小娘を舞台に上げれば、と投げやりになりますが、支配人がカルロッタを煽て、ファントムへの反発から「Prima donna」でカルロッタを主役にすることを決めます。

これに怒ったファントムはカルロッタの給水瓶に何やら仕掛け、蛙の鳴き声になるようにして恥をかかせます。この時ファントムは初めて公の場に姿を現します。

ファントムが屋根裏に入ると公演は再開されますが、ファントムを追いかけた道具方主任ブケーが舞台上部で絞殺され、その死体が舞台に晒されます。それを受けて公演は休止。カルロッタの代役として準備していたクリスティーヌとラウルが合流し、ファントムは殺人鬼だと歌いながら屋上へ出ます。

クリスティーヌはファントムの仮面の下にある恐ろしい顔を見たとラウルに話し、自分はあの真っ暗な地下に引きずり込まれる運命なのだと話します。

そんなクリスティーヌを優しく包容するようにラウルが歌い始めるのが、

All I ask of you

このナンバーの中でラウルはクリスティーヌを守ることを近い、クリスティーヌは何があっても愛してくれるかと確認します。ラウルはそれに応え、二人は愛を誓い合います。クライマックスは熱烈なキス。

それをファントムは物陰に隠れて見てしまい、歌声を与えてやった恩を仇で返すとは、と涙ながらにAll I ask of youの旋律に載せて心のうちを吐露します。

これからしばらくファントムは姿を消しますが、新年を祝う仮面舞踏会で舞い戻り、次回作のオペラのスコアを手に、クリスティーヌに自分の元へ戻ってくるよう言います。

クリスティーヌは迷い、迷い、迷い、そんな自分を助けてほしいという思いで、父の眠る墓へと向かい、複雑な心境と楽しかった過去、弱い自分を責めるように独り声高々に歌います。それが、

Wishing you were somehow here again

クリスティーヌが部屋をこっそり抜け出し、墓に行ったことを知ったラウルは慌てて彼女を追い掛けますが、彼女は父の墓の中から聴こえてくる音楽の天使(ファントム)の歌声に恍惚としていて……

ラウルは「そいつは君のお父さんでも音楽の天使でもない」と言うと墓の上からファントムが現れ、チャンチャンバラバラ。

ラウルがファントムを刺そうとしますがクリスティーヌに止められ、物語はクライマックスへと向かって行くのです。

三幕構成のナンバー

見てきたように、今回注視するナンバーの配置はこのようになっています。これはうまい具合に三幕構成になっています。

どういうことか。それはナンバーの中で歌われる主人公・クリスティーヌの立ち位置の問題です。今回取り上げる問題の核となることなので先に一度言っておくと、「クリスティーヌはずっと誰かのテーマに合わせて」歌っているのです。

まず、四曲のうちの一曲目・Think of meですが、「クリスティーヌのアリアやんけ! 独唱曲なんやから、誰にも合わせてへんやろ!」という指摘が来そうですが、冷静になってください。

「Think of me」がどういう曲かおわかりですか?

この曲は確かにクリスティーヌが歌いますが、歌っているのはクリスティーヌではなく、オペラ「ハンニバル」のヒロインが歌うアリアなんです。つまり、クリスティーヌは「役」として歌っているわけです。

では「Think of me」をクリスティーヌに歌わせているのは誰か、というよりも、「Think of me」を書いたのは誰か。

ファントムです。

つまりクリスティーヌはファントムの書いたアリアを役として歌っただけで、彼女の想いが溢れ出た曲ではないことがわかります。

さて、二曲目「The phantom of the opera」ですが、これはもう説明がいらないでしょう。クリスティーヌの楽屋に現れたファントムに誘われ、『オペラ座の怪人』の「ファントムのテーマ」に合わせてクリスティーヌが歌います。

先に歌い始めるのはクリスティーヌですが、テーマはファントムのものです。さらにここではクリスティーヌはファントムの幻術に掛かっているようなもので、我を失っているので、マリオネットのような状態になっているとも見れます。

要するに、クリスティーヌはファントムに誘われて歌っているのであって、自分の曲ではないということです。

では「All I ask of you」はどうなのか。このナンバーではクリスティーヌがラウルに愛を誓っています。彼女の想いが溢れ出ています。

ですがやはり、「All I ask of you」はラウルの曲です。ラウルにリードされ、ラウルの歌う旋律に呼応するようにクリスティーヌは歌います。クリスティーヌの想いが全面に出ていて、作中屈指の盛り上がりどころではありますが、やはりクリスティーヌの曲ではないんです。

そんな彼女が物語終盤になって、遂にその想いを爆発させる。それが父の墓前で歌う「Wishing you were somehow here again」なんです。

この曲は紛れもなくクリスティーヌのナンバーです。

クリスティーヌは自らの意志で父の墓へと向かい、誰に唆されることなく秘めた胸のうちを吐露していきます。はじめは恐る恐る、呟くほどの声。ですが次第に感情が剥き出しになり、最後には大熱唱の大盛り上がりで、聴衆の感動を誘うナンバーです。

ここで初めてクリスティーヌの本心が解放される。そして物語はクライマックスへと向かうという構成になっているんです。

これを三幕構成に当てはめると、ファントムに導かれる「The phantom of the opera」、ラウルに導かれる「All I ask of you」、クリスティーヌが初めて自ら歌う「Wishing you were somehow here again」となります。

ファントムとラウルは常に自らの意志で歌います。それに対してクリスティーヌは最後の最後まで二人の間を行き来し、その間溜まっていたフラストレーションを爆発させるように、最後は自分の歌を歌うわけです。

この盛り上がりの持っていき方、クリスティーヌの心の変化という点を見ても、主人公はクリスティーヌで間違いないと言えるのです。

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『オペラ座の怪人』は「オペラ座の怪人(ファントム)が主人公じゃないのか

ファントムこと「オペラ座の怪人」はタイトルロールですから、もちろん主人公の一人と言えますし、悲劇、悲恋という点を重視すれば紛れもなく主人公はファントムであって、それに続く準主人公という立場にクリスティーヌは位置するでしょう。

ただ、今回僕が注目しているのは登場人物の内面の変化、それに沿ったナンバーの構成です。

前章で見たクリスティーヌの心の変化、溜め込んでいたフラストレーションをここぞとばかりに爆発させる構成に対してファントムはどうか。

ファントムの心に変化はないのです。

ファントムは物語が幕を開ける「ハンニバル」のリハーサル前からクリスティーヌの音楽教師をしていて、密かに彼女に想いを寄せていました。そこに恋敵ラウル子爵が現れて嫉妬と独占欲から凶行に走ります。

その行動を追っていくと、愛に突き動かされて破滅へと進む「主人公」と見ることもできますが、ファントムは終始一貫してクリスティーヌを想い、恋破れても彼女を諦めず、最後はクリスティーヌのキスによって救いを得ますが、やはりクリスティーヌほどの心の変化はないと言えます。

ファントムの歌うナンバーを見ても、

Angel of music、The phantom of the opera、The music of the night、The point of no return、Down once more

とクリスティーヌに迫るためのものしかありません。

これに対してクリスティーヌはファントムのナンバーに導かれたり、ラウルのナンバーに導かれたりしながら、迷いに迷って、最後に自分のナンバーを歌うわけです。

ファントムはクリスティーヌを想い続け、あの手この手で彼女を手に入れようとし、殺人を犯し、最後はオペラ座を破壊してまで彼女を連れ去ろうとします。

最後はファントムの隠れ家にラウルがやって来て、連れ去られたクリスティーヌを取り戻そうとしますが、ラウルはファントムに捕らえられ、ド迫力の三重唱。それぞれの想いが乱れ飛び、ファントムはクリスティーヌに究極の選択を迫ります。

「恋人を生かすために私と結婚するか、私を拒絶して恋人を殺すか」

どちらを選んでもおまえの負けだ、と。

これにラウルはファントムに屈するなと訴えますが、クリスティーヌはファントムと熱烈なキスを交わします。それがクリスティーヌの答えでした。

人の愛を知らず、肉体の包容を知らず、唯一無二の大切な女性クリスティーヌを手に入れるために殺人にまで手を染めた「怪人」は初めて人の温もりを知り、自らを縛らっていた呪いから解放されるのです。

それはまさしくクリスティーヌがたどり着いた答えでもあり、「醜さは顔ではなく、あなたの心の中よ」というセリフが物語っていて、ファントムは愛する人のキスによって報われない生涯に救いが差し、自身も人の心を取り戻すわけです。

そしてファントムはラウルを解放し、クリスティーヌ共々逃がしてやります。最後はクリスティーヌへの未練を叫びながら姿を消し、物語は幕を閉じます。

当然ファントムは『オペラ座の怪人』の主人公の一人ですが、物語の核となっているのはヒロイン・クリスティーヌです。

それはナンバーの配置、変奏を見てもわかることですが、ここまで見て来た物語の中での動きを見れば、僕の主張はより理解してもらえるものになっているのではないでしょうか。

怪人の恋、それは一途で、しかし報われず、殺人まで犯して、大勢に疎まれて、恨まれて、しかし最後には愛する女性によって救いがもたらされる……。その悲恋こそ『オペラ座の怪人』の中心であることは間違いありません。

ただ、ただのバレリーナから歌姫へと躍進し、ファントムとラウルの間で葛藤を繰り返しながら本当の自分を見つけ、弱々しかった少女が最後には怪人に真っ向から挑み、長年の呪縛から解放する、そして最後は愛し合う恋人と結ばれる……。

『オペラ座の怪人』という物語の中で誰より成長し、心が動き、物語を引っ張り引っ張られているのは間違いなくクリスティーヌです。

だからこそ僕は、『オペラ座の怪人』の主人公はクリスティーヌだと考えるのです。

おわりに

最後まで読んでいただきありがとうございました!

物語には主人公、ヒロインが存在して、ヒロインというのは準主人公という立場に見られがちです。特に『オペラ座の怪人』のように固有名詞がタイトルになっている場合は、ファントムが主人公と決めつけてしまいがちですが、じっくりと観てみると、実はヒロインのほうが重要な役割で、主人公に相応しいのではないかということも珍しくありません。

記事の中でも再三書いていますが、ファントムは当然主人公です。ですがこうして主人公を別の人物として見てみると、同じ物語でも違ったふうに見えて来るのではありませんか?

何なら、ラウルを主人公として見てみても面白いかもしれませんね。

登場人物はそれぞれの生涯を生きています。作中だけではなく、過去もあれば未来もあります。その一人一人の人生の一部が物語となっているのに過ぎません。

登場人物一人一人が主人公ならば、一つの物語でも焦点の当て方で見方ががらりと変わるのは当然のことなんです。

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