こんにちは! 物語屋のひっひーです。今回は2021年に英国推理作家協会賞最優秀長編賞を受賞したクリス・ウィタカーさんの『われら闇より天を見る』について書きたいと思います。
読みたてほやほやで興奮冷めやらぬまま書きますので、ちょっとネタバレしてしまうかもしれません。いや、ネタバレはしません! お約束します(笑)
とにかく、それだけ面白かった。傑作だということです。早くも今年の最高傑作を見つけてしまった感があります!
あらすじ
以下に載せるのはカバーの見開きに書かれているものです。
「それが、ここに流れてるあたしたちの血。あたしたちは無法者なの」
アメリカ、カリフォルニア州。海沿いの町ケープ・ヘイヴン。30年前にひとりの少女が命を落とした事件は、いまなお町に暗い影を落としている。自称無法者の少女ダッチェスは、30年前の事件から立ち直れずにいる母親と、まだ幼い弟とともに世の理不尽に抗いながら懸命に日々を送っていた。町の警察署長ウォークは、かつての事件で親友のヴィンセントが逮捕されるに至った証言をいまだに悔いており、過去に囚われたまま生きていた。彼らの町に刑期を終えたヴィンセントが帰ってくる。彼の帰還はかりそめの平穏を乱し、ダッチェスとウォークを巻き込んでいく。そして、新たな悲劇が……。苛烈な運命に翻弄されながらも、彼女たちがたどり着いたあまりにも哀しい真相とは――?人生の闇の中に差す一条の光を描いた英国推理作家協会賞最優秀長篇賞受賞作。
犯罪者が町に戻ってくる。そして新たな悲劇が……それだけでドキドキしてきますよね! そのドキドキを、作者は裏切りません。まずは主要人物を紹介します。
主要登場人物
・ダッチェス・デイ・ラドリー
本作の主人公。十三歳の少女。ラドリー家の家系図を遡るとビリー・ブルー・ラドリーという犯罪者にたどり着きます。ビリーは銀行を襲った後、1500キロも保安官を引き回したという人物で、その血を引く自らを、ダッチェスは「無法者」と称します。
無法者を自称するダッチェスは、父親も知れず、自堕落な母親に代わり幼い弟の世話をしており、学校の内でも外でも同級生と群れず、弟のことだけを気に掛けています。そのためいじめの対象にされそうになることもありますが、彼女は無法者。罵詈雑言を浴びせたり、中指を立てたり、暴力を振るったりするので、決定的にいじめられることはありません。
とにかく無法者としての誇りを持っている。それがダッチェスです。
・ロビン・ラドリー
ダッチェスの弟。五歳の幼稚園児。無垢で無法者とは真逆の園児です。ダッチェスと同じくロビンも父親が誰かはわかりません。そのロビンは母と姉から「あなたは王子様よ」と可愛がられています。
・スター・ラドリー
ダッチェスとロビンの母。三十年前に起きた事件から立ち直れず、二人の子供も放ったまま酒に溺れています。一応、店員として仕事はしていますが、生活は苦しく、その上癇癪も起こしがちです。ただし、二人の子供を愛しています。深酒で搬送されることも多く、その度警察署長でかつて親友だったウォークに面倒をかけています。
・シシー・ラドリー
スターの妹。三十年前に七歳で亡くなりました。事故死でした。穏やかな別荘地帯ケープ・ヘイヴンに今なお暗い影を落とす死亡事故。その被害者です。
・ハル・ラドリー
スターとシシーの父親。ダッチェスの祖父にあたります。ケープ・ヘイヴンからは遠く離れたモンタナという町で農場を営んでいます。ダッチェスとロビンとは殆ど面識がなく、娘のスターとも長らく会っていません。
事件に憑りつかれ、苦しむスターとそのその子供たちを援助して来ませんでしたが、誰よりも皆を愛している男です。
・ウォーカー(ウォーク)
本作の主人公。ケープ・ヘイヴンの警察署長。三十年前に起きた死亡事故。その被害者シシーは友人スターの妹であり、シシーを轢いたのはウォークの親友ヴィンセントでした。ヴィンセントとスターは愛し合っており、ここにマーサ・メイというウォークの恋人が加わり、いつも四人でいたのですが、この事件がきっかけで四人はばらばらになります。
ヴィンセントは刑務所へ、マーサは別の町へ、スターは酒に溺れ、ウォークは町の警察署長に。
事故の後、ヴィンセントの運転していた車にシシーを轢いた痕を見つけたウォークは警察に通報し、ヴィンセントは逮捕されることになります。この時、警察に通報する前にヴィンセントに話し、自首を促さなかったことをウォークはひどく後悔しているのです。
いつか三十年前の自分たちに戻れる。戻りたい。そう願うウォークは、変化を好まず、再開発の計画が上がるケープ・ヘイヴンの町並みを当時のままにしておくため、再開発にはいつも反対の立場をとって来ました。
そんなウォークですが、彼の体は病魔に蝕まれていて……。
・ヴィンセント・キング
ウォークの幼馴染。十五歳の時、飲酒運転をしている時にシシーを轢き殺し、逮捕。その後刑務所内で殺人事件を起こし、その刑期は三十年に。
出所後は黙々とかつての家を修理していたのですが、ある日起きた殺人事件の現場に居合わせ、再び逮捕されることに。
ヴィンセントはすべての容疑を認め、死刑を望みますが、肝心の凶器が見つかっておらず……。
・マーサ・メイ
弁護士。ウォークの元恋人。離婚問題や家庭内暴力など、家庭裁判を扱う弁護士をしています。事件後ケープ・ヘイヴンを出てから一度も町に戻ってはいませんが、ヴィンセントが裁判での弁護人としてマーサを指名し、故郷に戻ることになります。
ヴィンセントはマーサ以外の弁護士を拒否する姿勢を取っており、その旨をウォークに伝えさせます。マーサはかつての恋人ウォークと勝ち目のない裁判に挑むことになるのです。
・リチャード・ダーク
不動産業者。ケープ・ヘイヴンを再開発しようとしている男です。人を踏み殺した過去に、大柄な黒人ということもあって、多くの人から恐れられています。
さあ、主要人物を見たところで、ネタバレにならないよう、本編が始まるまでを紹介したいと思います。
事件発生まで
三十年前に起きたシシー・ラドリーの死亡事故。その事件は今もケープ・ヘイヴンに暗い影を落としている。逮捕されたのはヴィンセント・キング。シシーの姉でヴィンセント・キングの恋人だったスターはその事件から立ち直れないまま三十年の時を過ごしてきた。二人の子供を産んだが父親は知れず、自堕落な暮らしで家計は苦しくなる一方。
そのスターを三十年支え続けて来たのが警察官となったウォークだった。ウォークは町の警察署長として二十数年間パトロールを続け、住民からも信頼を得て来た。時にはダッチェスが起こす問題や軽犯罪をスターに免じて握り潰してきた。ウォークは後悔から、ケープ・ヘイヴンを三十年前の姿に留めようとしているが、海沿いの崖はこの三十年で崩れ始め、そこに立つ家はいくつも海に沈んだ。
そこで持ち上がった町の再開発計画。それを取り仕切る不動産会社の社長ダーク。ダークは崖沿いの家々にしつこく説得に回った。刑務所にいるヴィンセントの実家もそのうちの一つだったがヴィンセントは決して家を手放そうとはしなかった。ウォークも再開発には反対していた。
ダークは住民から恐れられ、疎まれていた。そんな中、ヴィンセントが三十年の刑期を終えて町に戻ってくる。ダークはヴィンセントに家を売るよう大金での買取を提示するがヴィンセントは応じない。ダークはスターの元にも度々押し掛けていた。
ある夜ダークがスターの元を訪れて、二人は何やら怒鳴り合っていた。そこに駆けつけ、ダークを追い返したのはヴィンセントだった。スターはヴィンセントに「もう来ないで」ほしいと言い、ダッチェスは助けなどいらないと言うが、ヴィンセントは何かあれば助けになると答える。
そんなダークに一矢報いるように、ダッチェスはある夜ダークの店に行き、火をつけた。監視カメラのテープを持ち出し家に帰ったダッチェスだったが、帰ると自宅には警察車両が止まっていた。
ウォークは通報を受けてラドリー宅に急行した。またいつものように自棄を起こしたのだろうと考えるウォークだったが、争った形跡があり、家の中を進んでいくとキッチンにヴィンセントが座っていた。ヴィンセントは居間に行ってみろと言う。そして居間に行くと、そこにはスターが血を流して倒れていた。すでに息絶えている……。
それだけでなく、全身に殴打された痕があり、かなりの傷を負っていた。ヴィンセントは事件の容疑者として、殺人犯として逮捕される。事件現場にダッチェスはおらず、ロビンが一人寝室で泣いていた。何かを聞いた可能性はあるが、恐怖でパニックを起こしてしまっていた。
そこにダッチェスが帰ってくる。ダッチェスは母の死体を見て、呆然とするばかり。
ヴィンセントは容疑を認め、裁判は翌春に設定された。ヴィンセントは弁護人としてウォークの元恋人マーサを指名し、彼女でなければ弁護士はいらないとまで言う。ウォークはヴィンセントの犯行に疑問を抱いており、凶器の銃が発見されていないことから、マーサを説得する。
そして二人は、勝ち目のない裁判で無罪を求めて戦うことに……。
一方ダッチェスとロビンはモンタナで暮らす祖父、ハル・ラドリーに引き取られることになり、ケープ・ヘイヴンを離れるのだが、ダークはある目的でダッチェスを追っており……。悪魔の車、黒のエスカレードがどこまでも少女を追う。
事件の真相とは? 様々な出会いと別れを経て成長するダッチェスも、やがて事件の真相にたどり着いて……。
ただのミステリーではない!
『われら闇より天を見る』はただのミステリー小説ではないというのも一つの魅力です。
スターが殺害され、ヴィンセントが逮捕されるけれど、ウォークはダークに疑いの目を向けていて……。
事件の真相はもちろん、その中で変化する人々に焦点を当てて読んでください!
無法者を自称し、この世に救いなどないと悟るダッチェス。家族を失い、ばらばらになり、ようやく愛を感じたと思えばさらなる悲劇が襲って……。読者の胸が詰まるような、過酷で悲惨な運命。それでもダッチェスは自分の足で立っています。
そんな少女が事件の真相を知り、「無法者」としての自分を確立する姿は清く逞しく、厳しい現実と対峙しているのは変わらないけれど、誇りを胸にこれからを生きて行こうとするラストは感動ものです。切なくもあり、希望がある。それはダッチェスが物語の中で成長を見せたから言えることです。そうした教養小説的な面も持ち合わせています。
ダッチェスと彼女を巻き込む事件に関わった人々、特にもう一人の主人公ウォークがたどる道も見所で、三十年前で時を止めた男が今何を見て何を感じるか、そして傍に誰がいるのか。
『われら闇より天を見る』の原題は『WE BEGIN AT THE END』です。
終わりから始まる。どん底にあったダッチェス、三十年前の事件に囚われたウォークとスター、刑期を終えたヴィンセント。彼らの「終わりと再生」を描いた大傑作です。
他にも広大なアメリカ大陸をケープ・ヘイヴンからモンタナまで移動するなどちょとした冒険小説のような要素もありますし、大人の恋愛、はたまた幼い恋愛も中には登場します。
何と言っても周到に張り巡らされた伏線。すべてが明らかになった時、あなたは驚かずにいられません。あのセリフにはこんな意味があったのか、と。
※本を手に取ったら、絶対に最後のページは開かないでください。きちんと1ページ目から読んでいってください。最後のページを見てしまうと、面白さが半減どころか殆どなくなってしまいます!
おわりに
最後まで読んでいただきありがとうございました! 海外小説、しかも500ページを超える長編……。そう思うと、少し手を出しづらいかもしれません。
ですが僕は読んでよかったと心の底から思っていますし、何より英国推理作家協会のお墨付きです。ミステリーとしてはもちろん、一人の少女の成長物語としても、小さな町に住む人々の群像劇としても、読み応えのある作品になっています。
作品の最後に書かれた解説では作者クリス・ウィタカ―さんの経歴についても書かれていて、それを読むとより一層『われら闇より天を見る』が味わい深いものになります。そしてダッチェスという十三歳の少女を、永遠に忘れられなくなるでしょう。
僕はダッチェスをきっと忘れません。もちろん、この物語も。ぜひ、ご一読ください!