地獄に落ちたシェイクスピア。至高の四大悲劇!

こんにちは! 物語屋のひっひーです。今回は400年の時を超え、今なお愛され続けるシェイクスピアの四大悲劇について、象徴的なワンフレーズと共に簡単にご紹介したいと思います。

最後には、ある超有名な物語をサプライズで紹介しているので、ぜひ最後まで目を通してくださいね!

シェイクスピア

その名前を皆さん一度は耳にしたことがあるでしょう。『○○のシェイクスピア』といったふうに、様々な物語のタイトルにもその名前は使われています。

きっとすごい人なんでしょうねえ。そのくらいの感覚で大丈夫です! すごい人はすごい。それだけの話です。

でもどれくらいすごいかぱっとわかんないよお。「数字を出せよ、数字を!」ん? 池井戸作品でしょうか。いえいえ、シェイクスピアの話をしていきます! ですが小難しい話をするつもりはないので、一目でそのすごさがわかる数字を紹介したいと思います。それはシェイクスピアの生没年です。

1564~1616

これ、日本史に当てはめるといつ頃かわかりますか?

何と戦国時代から江戸時代なんです! 織田信長が今川義元を破ったあの有名な桶狭間の戦いが1560年。つまり織田信長が歴史の上で活躍し始めた頃に生れた人、それがシェイクスピアなんです!

今から400年も前の人なんです!

400年の時を超える物語とはいったいどんな内容なのか、気になりますよね!

「古典?」「シェイクスピア?」何だか難しそうと思うかもしれません。全然そんなことはありません。特に僕が読んだ福田恆存さんの訳版は舞台の台本のようにセリフとト書きがあるだけなので、テンポがすごく早いです。あっという間に読み終わってしまいます。

シェイクスピアといえば悲劇のイメージが強く、よく「シェイクスピアは地獄に落ちた」と言われますが、実は喜劇作品も多く残しているんです。

ですが今日はやはり悲劇を扱います。その中でも特に、シェイクスピア四大悲劇と呼ばれる作品を簡単に取り上げます!

四大悲劇

1.オセロー(OTHELLO) 「無実の罪で死ぬのです。」

あらすじ

ムーア人の勇敢な将軍オセローは、サイプラス島の行政を任され、同島に赴く。副官に任命されなかったことを不満とする旗手イアーゴーは、策謀を巡らせて副官を失脚させた上、オセローの妻デズデモーナの不義をでっちあげる。嫉妬のあまり、妻を自らの手で扼殺したオセローは、やがてすべてがイアーゴーの奸計であったと悟り、絶望する――。

ベルディによってオペラ化もされており、シェイクスピア作品で唯一成功したオペラとも言われる『オセロー』。イアーゴーの悪党っぷりが憎いです。その奸計にまんまとはまってしまうオセローを見ていると胸が苦しくなります。イアーゴーの計略はすべて観客に提示されるだけに、その効果は絶大です。

悲劇は、たった一枚のハンカチから――。

オセローがイアーゴーを信じてしまう証拠が、妻デズデモーナのハンカチです。そのハンカチはオセローがデズデモーナに送った大切な「愛の証」だったのです。そのハンカチを不倫相手が持っている……。

本当はイアーゴーが不倫相手の部屋に置いておいただけなのですが、これでオセローは妻を黒だと思い込みます。そして自らの手で妻を殺害。デズデモーナが殺される時に言うセリフ、それが

「無実の罪で死ぬのです。」

なのです。

その後すべてイアーゴーの奸計であったと知ったオセローは、その罪を自らの死を以って償います。オセローの自害までの緊張感は凄まじいものがあります。

2.ハムレット(HAMLET) 「生か、死か、それが疑問だ、」

あらすじ

城に現れた父王の亡霊から、その死因が叔父の計略によるものであるという事実を告げられたデンマークの王子ハムレットは、固い復讐を誓う。道徳的で内向的な彼は、日夜狂気を装い懐疑の憂悶に悩みつつ、ついに復讐を遂げるが自らも毒牙に倒れる――。恋人の変貌に狂死する美しいオフィーリアとの悲恋を織りこみ、数々の名セリフを残したシェイクスピア悲劇の最高傑作である。

現代でも世界中で上演されている人類史上に残る大傑作、それが『ハムレット』です。日本でも、よく上演されている演目です。

悪に屈して生きる道を選ぶか、正義のために剣を取り命を賭けて使命を果たすか――。人間である我々の永遠の課題に向き合っている。それがハムレットです。

ハムレットはとにかく考え事が多い。考え事をして一人ぶつぶつ呟いているか道化を演じているか。つまり考え事をしている時は正義、道化の時は悪に屈していると言えます。そんなハムレットが三幕一場(結構序盤)で口にする名セリフが、

「生か、死か、それが疑問だ、どちらが男らしい生きかたか、じっと身を伏せ、不法な運命の矢弾を堪え忍ぶのと、それとも剣をとって、押しよせる苦難に立ち向かい、とどめを刺すまであとには引かぬのと、一体どちらが。」

というものです。「生きるべきか、死ぬべきか」というフレーズを聞いたことがある方も多いと思います。それがこのセリフなのです。実はこの後もハムレットの独り言は続くのですが、長いので割愛。

生か、死か……かっこいいですよね! 

ハムレットの抱える問題は現代にもはびこっていますよね。会社で不正が発覚した時、それを追求する側に回るか隠蔽する側に回るか、命までは取られなくとも、人生のターニングポイントであることは間違いないです。

そんな時、正義と悪の狭間で心が揺れている時、呟いてみてください。「生か、死か。生きるべきか、死ぬべきか」と。

3.マクベス(MACBETH) 「きれいは穢い、穢いはきれい。」

あらすじ

かねてから、心の底では王位を望んでいたスコットランドの武将マクベスは、荒野で出会った三人の魔女の奇怪な予言と激しく意志的な夫人の教唆により野心を実行に移していく。王ダンカンを自分の城で暗殺し王位を奪ったマクベスは、その王位を失うことへの不安から次々と血に染まった手で罪を重ねていく……。

野心……人間には必ずあります。僕にだってあります。たとえば会社で出世したいとか、大金持ちになりたいとか、そんな日常的な野心の果てまで突き進んでしまう、それが『マクベス』です。

『マクベスは』とにかく展開が早い。本当に目まぐるしく人が死んでいきます(笑)いや、笑っている場合ではないんですが……。

マクベスは魔女からの予言を初めは信じていませんが、小さな予言が的中していくと、魔女の予言を信じるようになり、中でも最も現実離れした予言「おまえはいずれ王になる」に憑りつかれてしまいます。その上妻であるマクベス夫人が欲深い人間で、マクベスを王にするため、現在の国王を殺すよう指示します。そして本当に王になってしまう……。

ですが正当な王ではないという思いがマクベスの心のどこかにはあるのです。タイトルの次に書いたワンフレーズは物語の冒頭で魔女が言い放つセリフなのですが、ここに来てようやくそのセリフの意味がはっきりしてきます。

「きれいは穢い、穢いはきれい」

マクベスは王であり、優秀な武将として尊敬もされています。ですが今座っている玉座は、本来彼のものではなかったはずです。人を殺し、血に汚れた手で奪い取ったもの……きれいは穢い。

ですがマクベスにとっては、たとえ血に汚れたとしても手に入れたかった王位は、何よりも神聖なものであったはずです……穢いはきれい。

そしてやはり、マクベスの罪は暴かれ、悲劇へと向かって行く。

魔女の冒頭のセリフ、それもたった一言が『マクベス』という物語すべてをすでに物語っていたとは思いませんか? シェイクスピア恐るべしです……。

4.リア王(KING LEAR) 「人間、有るものに頼れば隙が生じる、失えば、かえってそれが強味になるものなのだ。」

あらすじ

老王リアは退位にあたり、三人の娘に領土を分配する決意を固め、三人のうちでもっとも孝心のあついものに最大の恩恵を与えることにした。二人の姉は巧みな甘言で父王を喜ばせるが、末娘コーディーリアの真実率直な言葉にリアは激怒し、コーディーリアを勘当の身として二人の姉にすべての権力、財産を譲ってしまう。老王リアの悲劇はこのとき始まった。

知名度は圧倒的に『ハムレット』。ですがシェイクスピアの最高傑作と名高いのがこの『リア王』です。

シェイクスピアの主人公はとにかく周りの人間に翻弄されます。オセローはイアーゴーに、マクベスは魔女と夫人に、そしてリア王は三人のうちの二人の娘夫婦に……。自らの意志と判断で悲劇を迎えるのは、四大悲劇の中ではハムレットのみです。

リア王、退位を前に領土を分配するという仕事をするわけですが、いよいよ王でなくなると、周囲の者からの扱いや尊敬が今までとはまるで違うものになってしまいます。態度が変わらないのは末娘のコーディーリアくらい……でもそのコーディーリアには不憫な想いをさせることになるという何とも痒いところに手の届かないストーリーです。

つまり『リア王』とは、失って初めて気づくという物語なのです。それを象徴しているのがグロスター伯爵がリア王の娘婿コーンウォール公爵に両目を潰された後に言うセリフです。

「この俺に行くべき道などあるものか、それなら目は要らぬ、俺は目が見えた時には、よく躓いたものだ。例は幾らもあろう、人間、有るものに頼れば隙が生じる、失えばかえってそれが強味になるものだ。」

たとえ身近な者の甘い言葉でも、重大な決めごとをする時には吟味が必要です。そして誰が自分のことを本当に思ってくれているのか、失う前に気づかないと、哀れな思い、哀れな姿になってしまうかもしれません。





特別編

・ロミオとジュリエット 「ああ、ロミオ様、ロミオ様! なぜロミオ様でいらっしゃいますの、あなたは?」

あらすじ

モンタギュー家の一人息子ロミオは、キャピュレット家の舞踏会に仮面をつけて忍びこんだが、この家の一人娘ジュリエットと一目で激しい恋に落ちてしまった。仇敵同士の両家に生れた二人が宿命的な出会いをし、月光の下で永遠の愛を誓い合ったのもつかのま、かなしい破局をむかえる話はあまりにも有名であり、現代でもなお広く翻訳翻案が行われている。世界恋愛悲劇の代表的傑作。

四大悲劇に数えられないのに、四大悲劇より知られている名作。『ロミオとジュリエット』えー! 400年以上前のお話なのー! と思ったあなた、一つ知識が増えましたね。そうなんです。『ロミオとジュリエット』は実はシェイクスピアなんです。

恋愛物語の金字塔である『ロミオとジュリエット』後世ミュージカル『ウエスト・サイド・ストーリー』の原作として扱われるなど、その存在感は物凄いものがありますよね。

ですがその内容をきちんと理解しているという方は意外と少ないのでは? 今日はそこまで踏み込んだ解説はしません。有名なセリフを紹介して、読者の皆さんに興味を持ってもらえたらと思います。

超大雑把に言うと、口は利かない顔も見たくない、街で会ったら大喧嘩になる二つの家の息子と娘がお互い一目惚れするという物語です。有名な場面といえば、そう、バルコニーで愛を誓い合う場面ですよね。その場面のセリフをご紹介しましょう。「おおロミオ、どうしてあなたはロミオなの?」とは言っていませんので(笑)

「ああ、ロミオ様、ロミオ様! なぜロミオ様でいらっしゃいますの、あなたは?/あなたのお父様をお父様でないといい、あなたの家名をお捨てになって! それとも、それがおいやなら、せめては私を愛すると、誓言していただきたいの。/さすれば、私も今を限りキャピュレットの名を捨ててみせますわ。」

この後も、名セリフは続きます。特にこの直後の「でも、名前が一体何だろう? 私たちがバラと呼んでいるあの花の、名前がなんと変わろうとも、薫りに違いはないはずよ。」などは秀逸ですよね。

本当におしゃれ、読んでいたら涎が溢れそうなくらい甘い場面です。ですがこの後、物語は悲劇へと転換していくのです。

ラストシーン、悲劇好きにはたまらない、崇高な場面となっています。必見です!


おわりに

最後まで読んでいただきありがとうございました! 今日は四大悲劇と特別に『ロミオとジュリエット』についてさらっとご紹介しましたが、いずれ作品ごとに踏み込んだ記事を書こうと思っているので、そちらも楽しみにお待ちいただけたらと思います。

400年の時を超えるシェイクスピア……面白くないわけがないんです!

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